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何か重たいモノを持ち上げるときに、

「ぎっくり腰で腰痛になるのではないか・・・」

といった心配を一度はしたことがあるのではないでしょうか?

腰痛をお持ちの方であれば「重たいモノ」と聞いただけで恐怖を感じるかもしれません。

重力の下で常に上半身の重みを2本の足で支えながら生活をしている私たちにとって、重たいモノを持つという行為そのものが、カラダにとって大きな負担になることは容易に想像できると思います。

まして、重たいモノを重力に逆らうようにして下から上に持ち上げるとなれば、カラダの自由度は奪われ、腰痛の発生有無に関係なく、上半身と下半身のつなぎ目に位置する腰には、想像以上の負担を強いることになります。

このとき、持ち上げることばかりにとらわれてしまい、力や勢いに任せて動作を行おうとすると、腰痛が発生する確率は非常に高くなります。

そのため、腰に負担がかからないためのメカニズムを理解し、普段から腰にやさしいカラダの使い方をクセづけておくことが、腰痛リスクを大きく減らすことにつながります。

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腰痛リスクを減らすには「デリック型」の動作を避けることが不可欠

厚生労働省は「職場における腰痛予防対策指針 」1) の中で、腰痛を多く発生させる作業として、以下の5つを挙げています。

1.重たいモノを取り扱う作業
2.立った姿勢での作業
3.座った姿勢での作業
4.福祉・医療分野などにおける介護や看護
5.車の運転

中でも、重たいモノを取り扱う仕事をしている労働者での腰痛の発生リスクは、長時間にわたって同じ姿勢をとり続けながら仕事をしている労働者のおよそ8倍にも上る2) ことがわかっています。

それだけに、何か重たいモノを持ち上げようとするときは、腰痛を発生させないカラダの使い方が求められます。

しかし、確実に腰痛の発生リスクを減らす上では、カラダの使い方をクセづける前に「誤ったカラダの使い方になっていないか?」という視点で、腰痛を発生させやすい動作を回避することから始める必要があります。

まず小学校高学年で教わる「てこの原理」3) を通して、モノを持ち上げる際のカラダの動きについてみてみましょう。

「てこの原理」とは、いかに軽い力で重たいモノを動かすことができるかを分かりやすく説いた「力の関係性」をあらわした基本法則のことです。

通常、1本の棒を使いながら、棒を支えている位置を「支点」、力を加える位置を「力点」、モノの重さが加わる点を「荷重点」とする3つの点の関係性であらわされます。

そして、これらの点の位置関係から、以下の3つの種類に分けられます。

1.「第1のてこ」・・・「支点」が「力点」と「荷重点」の間に位置する場合
2.「第2のてこ」・・・「荷重点」が「支点」と「力点」の間に位置する場合
3.「第3のてこ」・・・「力点」が「支点」と「荷重点」の間にある場合

このとき、安定性を保つときは「第1のてこ」、大きな力を生むときは「第2のてこ」、速く動かすときは「第3のてこ」といった具合に、状況に応じて有利となる「てこ」の種類も異なってきます。

ヒトのカラダに置き換えた場合、四六時中、上半身の重みを安定して支え続けなければならない腰では「第1のてこ」によって運動が成り立っています。

つまり、腰を「支点」にして、背中の筋肉による収縮力が「力点」で加えられる力の役割を担いながら「荷重点」に加わる力とつりあいをとっているのです。そのおかげで、私たちは重力の中で真っすぐ安定した姿勢を保つことができています。

しかし、重たいモノを持ち上げようとするときは、重力のみならず、モノを持ち上げようと前に倒した上半身の重み、さらには、実際に持ち上げるモノの重さが加わることになります。

特に低い位置にあるモノを持ち上げようとするときほど、私たちは膝を伸ばした状態で腰を曲げ、そのまま手を伸ばしてモノを持ち上げようとします。

この動作を「デリック型」4) といいます。

「デリック型」の動作では、「荷重点」に加わる力がより大きくなり、さらに、モノとカラダとの距離が大きく離れてしまうため、つりあいをとろうとする背中の筋肉ではかなりの収縮力が必要となってきます。

そのため、疲労を起こしやすく、動きの「支点」となる腰にも大きく負担がのしかかることになります。実際にこの動作を調べた研究結果からは、持ち上げる重さのおよそ3倍の力が腰にかかっていた4) ことが明らかになっています 。

腰痛の発生には、カラダを曲げ伸ばしすることが深い関係性をもっています。それだけに、腰痛リスクを減らす上では、この「デリック型」の動作でモノを持ち上げることは絶対に避けなければなりません。

『構え』を生みやすい『ひざ型』が腰痛リスクを大幅に減らす

重たいモノを持ち上げる際に「デリック型」の動作を避ける必要性については理解できたと思います。

では、腰にやさしいカラダの使い方については、どのようなことを心がける必要があるのでしょうか?

ここで重要になるのは、「膝を曲げて腰を下ろした状態からモノを持ち上げる」ということです。


この動作を『ひざ型』4) といいます。

重量挙げの選手が行なう動作を思い出してみてください。

重量挙げの選手は重たいバーベルを持ち上げるとき、必ず『ひざ型』の動作を行います。

つまり、膝を曲げて腰を下ろすことで上半身を持ち上げる距離が少なくなり、重たいバーベルとカラダとの距離が近づきます。その結果、背中の筋肉に求められる収縮力が抑えられ、腰にかかる負担も大きく減らされるのです。

実際に『ひざ型』の動作を調べた研究結果からは、『デリック型』に比べて腰への負荷が1/3で済み、持ち上げる重さのみが腰にかかっていた4) ことが明らかになっています 。

よって、厚生労働省や中央労働災害防止協会も重たいモノを持ち上げる際の腰痛リスクを減らす安全なカラダの使い方として強く推奨しています。


(厚生労働省資料『職場における腰痛予防対策指針及び解説』5)より抜粋にて表現一部改変)

また、この『ひざ型』の動作を行うことで、さらに腰痛リスクを減らすことにつながるさまざまなカラダの『構え』も同時に生まれやすくなります。『構え』とはカラダの部位同士の位置関係のことです。

モノを持ち上げる際に腰痛が発生する方の大半は、カラダでモノをしっかりと受け止めようとする安定した『構え』ができていません。言い換えると、この『構え』がきちんとできてさえいれば、腰痛リスクを大幅に減らすことができるのです。

重たいモノを持ち上げる際に腰痛リスクを減らす主なポイントとその『構え』は、以下の5つとなります。

1.支持する面積を広くとる(⇒足幅を広げる)
2.重心を落とす(⇒膝を曲げて腰を下ろす)
3.モノにできる限り近づく(⇒モノの中心とカラダの中心の位置をできるだけ合わせる)
4.前かがみにならないように上半身を保つ(⇒背筋を真っすぐに伸ばす)
5.対象物を対角線上で持つ(⇒対象物を一方の手で上から、他方の手で下から抱える)

腰はカラダの要です。

そのため、生活や仕事における動作の要にもなります。

重たいモノを持ち上げる機会は少なくないだけに、膝を曲げて腰を落とし、さまざまなカラダの『構え』をつくりながら動作を行うことで腰痛リスクを大きく減らすことができます。

また、背骨から股関節の柔軟性低下も腰痛の原因となります。ストレッチや筋膜リリースなどのケアを日々行い、腰痛に効果的な体操などを取り入れましょう。

扱うモノの重さで動作を変えるのではなく、常に腰痛を発生させやすい動作を避けることを念頭におきながら「どのようにカラダを使うか」という視点で過ごしていきましょう。

参考文献
1) 職場における腰痛発生状況の分析について(厚生労働省資料,1994)
2) 栗原 章:職業性腰痛の現状と展望.日本腰痛会誌.2002;8:10-15.
3) 中村隆一,斉藤宏ら:基礎運動学(第6版).医歯薬出版,東京,2003,pp.40-41.
4) 所 正文:トラック運転労働と人間システム.流通問題研究.1987;7:56-85.
5) 職場における腰痛予防対策指針及び解説(厚生労働省改訂資料,2015)

著者情報

さとう 兼

保有資格

理学療法士(健康科学修士),メンタルトレーナー
国内外を問わず様々な治療テクニックのコース等を修了

経歴

医療・保健・福祉分野における理学療法士としての業務の多くを経験し,地域の子どもから高齢者,さらにはプロスポーツ選手に至るまで幅広い指導に従事(プロスポーツチームのメディカルスタッフとしての帯同,地域での相談員・支援スタッフ等含む)。現在は,医療系専門学校で教鞭をとる傍ら,幼児の運動能力向上アドバイザー,CC / SCライターとしても活動中。

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